法蔵菩薩の物語

法蔵菩薩としての名のり
(暁烏敏先生のお話)


「法蔵菩薩因位の時」といえばいわゆる学生の時である。それが先生になった時は阿弥陀仏である。 親鸞聖人の、
「無量寿如来に帰命したてまつる。」
「不可思議光に南無したてまつる。」
という信心は、どこから起こったか。
それは昨日や今日の話ではない、親鸞聖人は29歳の時法然聖人にお会いになって心が開けたが、そういう歴史は仰っしゃらぬ。もっと古い。9歳の時に出家された。それも仰らぬ。もっともっと古い。法蔵菩薩因位の時から起こったものであると仰っしゃる。法蔵菩薩の本願が最初であります。この本願は流れ流れて今の私の心に至り届いていてくださるのであります。
法蔵菩薩は本願を立てそれを成就して阿弥陀仏となられた。南無阿弥陀仏の信心を得られるまでは、法蔵菩薩は正覚を取られなかった。
ここに、「因位の時」とあるのは、法蔵菩薩が本願を立ててくださった時、その時からである。古い、全く古いことである。時代に応ずるとか応ぜんとかということがあるが、そんなものではない。日本とか中国とか、そんなことじゃない。もっと偉大な根本がある。この法蔵菩薩のことは『仏説無量寿経』の上巻に詳しくお説きになってあります。簡単に述べてみます。
「久遠無量不可思議無央数劫の昔に、錠光如来が世に出て、無量の衆生をおたすけになった。それから53の仏が世に出られて、その最後に世自在王仏がお出になった。この仏を世饒王仏とも申します。ある時王様がこの仏のお話をお聞きになって、王の位におりながら味わうことのできなかった広大な世界のあることを味わわれた。そしてその広大な国に参りたいという願を立てられた。無上正真道の心を起こされたのである。その願を成就するために王の位を捨て、修業者となられた。それが法蔵菩薩である。
富みや権勢がいくらあっても満たされないものがあった、その満たされないものを仏が持っておいでになる、それが望ましい、それが得たいばかりに王位を捨て出家されたのである。だから仏の道は娑婆を超えた道なのです。世の中の金儲けの道ではない、病気を治す道ではない。それを超えた道です。仏になる道です。法蔵菩薩はそうした願いを起こして世自在王仏の前に出られた。そして世自在王仏のお徳を讃歎し、自分の願いを述べられた。その偈文が『讃仏偈』である。それから世自在王仏のみ教えを受け、いろいろのお諭しをいただいて、ここに無上殊勝の願を超発せれた。そして五劫という長い間思案をして、世自在王仏によって調った願をば衆生の前に述べられた。これが「四十八願」である。さらに重ねて三つの願を述べられた。これが『三誓偈(重誓偈)』である。
それからは、その願を成就するために修業された。修行成就されて阿弥陀仏と申し上げるのであります。」

法蔵菩薩が世自在王仏に、
「私は無上殊勝の願を起こしました。どうしてこれを成就していってよいか教えてください。」
と訊かれた時に、世自在王仏は、
「あなたは、諸仏が立てられたことを聞きたいと言うけれども、それは自分に聞いた方がよい。」
と言われた。で、考えるけれどもわからぬ、
「どうか聞かしてください。」
と仰しゃった。そこで法蔵菩薩のために世自在王仏は、
「ここに一人の人があって、大海の水を汲み干そうとして汲みにかかれば、数千万年の後にはそれを汲み干して、海の底にある宝を取ることができるであろう。だからあなたも、倦まずたゆまず、真心こめて精進して、失敗しても落第しても、倦らまず道を求めていったなら、きっと成就することができる。」
と教えられた。
私は、これほど強く中心の願いを述べた言葉を知りません。それは何か、自分の願いだ。仏に成りたい、お浄土にしたい。その願いから、自分の願いからみな現れてくるのだ。阿弥陀如来が法蔵菩薩であった時の願い、この願いからお釈迦さまも現れ、七高僧も現れ、親鸞聖人も現れる。この願いがお浄土を建設するのである。信心をいただくというのは、法蔵菩薩をいただくことである。だから、私の信の生活は法蔵菩薩の修行だ。田を作る、商いをする。信心をいただくと、一切のことが仏の用事になる。阿弥陀仏の正覚の仕事をさせて貰うのである。阿弥陀仏の心の内に、法蔵菩薩のような若い心になって、勇ましい心で生きてゆくのである。実際生活上の喜びとなってゆくのである。

仏の国は平和の国、悩みのない国、明るい国だ。どうしたら仏の国はこんなに明るいのだろうか、楽しいのだろうか。法蔵菩薩はその因を世自在王仏によく訊かれたのである。ところが、その原因は心にあることを教えてもらった。
「あなたがあなたのお浄土を立てるならば、あなたの心をはっきり見よ。それから国土人天の善悪を見よ。」
と言われた。この国土は浄土のことではない。国というものがあり、そこには生きとし生けるものが住んでおる。従って、そこには善悪がある。
「その悪いところを見、善いところを見、善悪をすっかり見よ、地獄も極楽も見よ。」
と仰しゃった。
まず初めに観察するのです。どこが悪いか、どこが善いか。悪ければ悪い原因を、善ければ善い原因を調べる。
「観察、研究せよ。」
即ち、
「覩見せよ。」
と仰しゃったのである。
「五劫にこれを思惟し摂受す。」
味のある言葉である。法蔵菩薩が世自在王仏のみもとに参られ、『讃仏偈』に記されてあるように、仏のお徳を讃歎して、そして自らの願いを述べられるのであります。
「願わくは我作仏して
 聖法に斉しく
 
生死を過度して
 
解脱せざる靡(な)けん」
最も簡単に、自分の願いを述べられたのであります。またその願いを成就するために、
「たとい身を
諸々の苦毒の中におくとも
我が行は精進にして
忍びて終に悔いじ」
と誓われたのであります。

五劫思惟の阿弥陀さまの像に二つある。その一つは骨と皮に痩せたお姿で、一つは肥えたお姿である。これを見る人は、二つに分かれておる痩せた方のを見て、
「五劫思惟に骨と皮とにやつれて。」
と言う。肥えた方のを見て、
「仏の思惟は凡夫のような苦労じゃない、自分の満足である、だから苦労しながら肥えておられるのだ。」と言う。
私は、やはり、法蔵菩薩は苦労しながら肥えておられたのだと思う。その苦は迷いの苦とは違う。苦はみなご苦労である。が、積極的な苦は、苦をしてもそれは苦ではない。自分の好かんことをやっておると痩せる。
「たとい身を
 諸々の苦毒の中におくとも
 我が行は精進にして
 
忍びて終に悔いじ」
と仰しゃった。
「どんな苦毒の中に入っても、私は悔いぬ。」
と。そこには非常に強い願いが起こっておるのだ。
「一切衆生をたすける仏になろう、明るい世界をこしらえよう。」
という法蔵菩薩の願いは、どんな難儀なことがあっても、それを忍んでゆく力がある。むしろ、それが面白いのである。人間の心に一つの願いがハッキリ起こったら、外のいろいろのものは忍んでゆけるのです。我々にはいろいろな悩みが起こる。腹が立つ、淋しい。それは自分の心がハッキリせん時に起こるのである。外の波が寄せてきても自分の中心の願いがハッキリしておれば、それを堪え忍んでゆける。だから、自分の中心の願いがハッキリしておらんとウロウロするのである。その願いは、世の中で位を得る、金を儲ける、あるいは事業をやる、こういうような人間世界の小さな願いを抱いておるならば、まぁ成就せんでも悩みにはならぬ。仏の願いはそんなものではない。仏の願いは、
「生死を過度して
解脱せざる靡(な)けん。」
死なぬ命をもって、すべてを掩うて、この願いを成就してゆくのです。そこにはどんなものでも受け入れてゆくだけのものが出る。そういうと、五劫思惟の阿弥陀さまは肥えておられる。愉快なのだ、楽しいのだ。面白いから肥えるのだ。難儀しながら肥えるのだ。外の者が見れば、
「あれは苦しいのじゃろう。」
と思う。が、苦しいのではない。

法蔵菩薩は、その中心の願いを調えてゆくために五劫の間かかられたのである。五劫のご思案がすんでから、世自在王仏が、
「今では、あなたは自分の願いについて心が調うたでしょう。それを、皆の前で述べ現わしたらよかろう。今までは私の前だけであったが、今では皆の前で仰っしゃい。」
と勧められた。そこで、皆の前でご自分の願いをお述べになったのが、彼の四十八願であります。この四十八願ができ上がるまでには五劫という長い間思惟されたのであります。
法蔵菩薩が本願をお立てになったお心を、親鸞聖人がお味わいになって、「摂受」という二文字をここにお使いになった。これによって聖人のお心のいかに広々としてあらわれたかを知ることができるのであります。善人、悪人、智者、愚者、すべての人を受け込む、皆おさめ取るというお心がこの「摂受」であります。『ご和讃』に、
「十方微塵世界の
念仏の衆生をみそなはし
摂取して捨てざれば
阿弥陀と名づけたてまつる」
とあるように、阿弥陀さまは摂め取って捨てぬのであります。
「五劫の間これを思惟して摂受する……」
お骨折りなされたのは善人も悪人も、男子も女人も、世界のあらゆる人を受け入れることに骨を折られたのである。撥ね除けることに骨を折られたのではない。人間の努力して作り上げた文化発展の跡を考えると「撥ね除ける」ということと「受け込む」ということと、二つの形態があるようだ。「撥ね除ける」ということを考えると、汚い物は掃除をしてなくする、これは「撥ね除ける」のである。汚物を排除する、下水工事を興す、みな撥ね除ける方面だ。
しかし、だんだん人間世界には排除するものがなくなってきた。昔は抛っておった空気中の電気を今は利用される。昔は下水は抛っておったが、今はそれを浄化して肥を作る。最も嫌われた煤煙から、この頃は、貴重な化学品も作り出された。人間の文化発展の一面は、排除する物をだんだん人間の間に合うように受け込んでゆく。
「いかにこれを受け込んでゆくか。」
ということを考えておるのである。食い物も、食えぬ物から薬を取る。うまくない物でもうまく食えるようにしてゆく。

例えば、フグの卵巣を食えば直ちに死ぬ、それで皆これは捨てる。だが、北国では三年糠漬けにしてこれを食する。毒が薬になって、神経痛の薬である。
そういうと人間と人間とは、寄っておると、
「彼奴はいかん、あの人は悪い。」
と言うておるが、他人がいかんのではなくて、「いかん」という、そこに自分が反省して、その人を受け込んでゆくようにしてゆかねばならんのである。若い者と年寄りが喧嘩し、金持ちと貧乏人とが喧嘩をする。が、その時、自分に向うてくるものを、どうして自分の内に抱きかかえてゆくか、これが我々の修行だ。この頃の人は、道を開いてゆくのではなく、撥ね除けてゆこうとする。仏の道はこれを入れてゆこうとする。
よく世の中に、
「あんな者は排斥せよ。」
と言う。他を排斥しなければならんような人は、毎日不安な暮らしをしておる人である。喧嘩しておる者は勝っても負けても不安である。本当の安心はない。人が「泊めてくれ」と言う。泊めんと気が悪い。「慈善事業に寄付せよ。」と言う。ひどく断ると気が悪い。自分以外の者を排斥するということは恐ろしいことである。物を持った者は土蔵を建て垣を作る。他に食えん者がおっても構わぬ。こうなると他の者は垣を破って取ってやろうという考えになります。
「天下中の物は皆我がご用に立つものだ。」
という気にはなかなかなれぬものらしい。
「嫌いなものは来るな、怠け者は来るな。」
と。だからどこへ行っても狭い。世の中を半ばしか持たぬ。仏の大きな心にはいがみ合うものがない。仏は五劫の間思惟して摂受された。暇を出すのではなくて、受け込むのだ。自分の心に融かしむのだ。皆広い心に摂め、受け入れるのだ。善も悪も摂める。そこに広大な本願が味わわれる。静かに、柔らかく、しっくりと。逃げる者までも袖を捉えてくださる。それが摂受である。阿弥陀さまの世界には抵抗がない。抑えつけることがないから抵抗がないのです。国も人も摂受の心があれば、明るく広く柔らかであります。
「五劫思惟之摂受」
心にしみて味わわしていただく言葉であります。

法蔵菩薩が48の願をお立てになって、その願を皆の前でお述べになった。その後に重ねて三つの願いを起こされた。それが偈文になっておる。その偈文を『三誓偈(重誓偈)』という。『三誓偈』の中に、
「我仏道を成ずるに至りて
 名声十方に聞こえん
 
究竟して聞こゆるところ靡くば
 誓ひて正覚を成ぜじ」
とあります。
「私が仏になったらば、私の名前が十方に響き渡るようになり、どこかに聞こえぬところがあるようだったら私は仏に成らぬ。」
こういうお誓いである。「重ねて」とあるのは四十八願を立て、その上にまた念を入れて三つの誓をなされたので「重ねて」とあるのであります。四十八願の中、第十七願は「諸仏称名の願」であります。
「設ひ我仏を得たらんに、十方世界の無量諸仏、悉く咨嗟して我が名を称せずば、正覚を取らじ。」
「私が仏になったならば、十方の世界の諸々の仏さまたちが、すべて私の名を褒め称えてくれるようになりたい。もしそうでなかったならば正覚は取らない。」
こういう意味の願である。親鸞聖人は『教行信証』の『行巻』でこの第十七願をご引用になって、
「南無阿弥陀仏という名号は、十七番目の願の現れた相である。第十七願は名号を成就する願である。南無阿弥陀仏というお名前の成就した願である。」
と、こうお味わいになった。そこで、十方に名前が聞こえたいというこの重ねての願いは、どういうところから出たのであろうか。善導大師は、
「名をもってものを摂す。」
自分の名前、名号で一切衆生を助け給うということである。阿弥陀仏は自分お名前によって我々をたすけてくださるのである。何を我々に与えてくださるのか、ということを善導大師は味おうて、
「阿弥陀如来が衆生を助け給うただ一つの方便は、南無阿弥陀仏のお名号を成就せられたことである。南無阿弥陀仏の六字のお名号によって衆生を助けてくださるのである。仏さまの限りない命、限りない光、やるせない大慈悲の心、明るい智慧のお心、それが我々の救いになり、力になって現れてくださる。その相はどこにあるかというに、自分の口に現れてくださるこの南無阿弥陀仏のお名号がそうだ。」
と味おうてくださったのである。
「足る足らん、勝った負けた、儲かった損した、そういうような差別の境界にあって、そういう言葉を口にかけておる者が、その口の中から南無阿弥陀仏という広大な言葉が溢れ出てくださる、これがもう、お助けに預かっておる証拠だ。」
こんなふうにも仰っしゃるのである。これまで仏とも法とも知らんで日暮らしをしておった人が、この世の色々のことに突き当たり、自分の智慧才覚で切り開きがつかんような苦に出遭う。ここに、「どうにかなりたい」という心が起こり、善知識に遇い、阿弥陀さま因位のお心から果上のお徳をだんだん聴聞して、自分の胸の中に、未だかつてなかった影をみるようになる。それはちょうど、一国の王様であった法蔵菩薩が、世自在王仏の話を承られて、
「私も仏になりたい。」と願いを発して修行に取りかかられた、その時のお心のようなものが湧いてきたのである。仏を望み、仏になることを願う心が出てくる、それだけがお助けの毎日だ。人間には、
「いい着物が着たい、いい家に居りたい、学者になりたい、権威が得たい、金持ちになりたい。」
というような願いがあるのである。そういう願いばかりあった者が、心の中に、
「仏になりたい。」
という願いが湧いてきたのだ。金に参ったり、強い者に参っておった者が、仏にお参りする、仏の名を称えるという気になる時は、はや違った身になっておるのだ。これは生まれた時からお寺におって、何も知らん時から南無阿弥陀仏を習うて称えておる者には何も気のつかんことだ。が、しかし、仏法のことを何も知らん者が、南無阿弥陀仏を称えるようになるという時は、既にお助けに預かっておるのである。そこに、
「名をもってものを助ける」
という味わいがあるのです。